娘との会話で気がついたこと〜心と身体の繋がり

タイで子育て
2の長女ラスカルと色々話をする。
ラスカル先日のコンクールにて

彼女は心の中に、ずーっと不安感があると。インドにいるときは心を許せる友だち(日本人もインド人も)に囲まれて、はじめての海外でも安定して暮らしていたのに、バンコクにきてその安心感を得られていないと。
それをずーっと誰にもちゃんとうまく言えないまま、今に至っているそうだ。

そんな説明し難い不安感を受け止められる友だちは、なかなかいないので言えないんだって。
この4月にインド旅行に行ったのは、彼女の不安感の解消のためがメインだったのだけど、やはり旅行だけでなく、ここバンコクで何かしないといけないみたいである
ラスカルと話をするうちに感じたことを覚え書きします。
インドからバンコクにスライドしたとき、私自身、学んだことがあった。それはズバリ!
「本当に感じていることを自分で無視して、頭だけで行動していると無感動になる」
ということだった。

私はインドからタイに来てすぐの頃、「タイは暮らしやすいはずだから、暮らしづらいインドより暮らすのはラクなはず。だから余裕で生活できるはずだ」

って思っていた。
本当はタイでまたゼロから生活を立て直すのも大変だったし、インドがめちゃくちゃ恋しかったりしてしんどかったのです。でも
はずを優先させていた。
これ、全部無意識のうちにしてたんです。
バンコクから日本に本帰国したりとかも、こんな人多いんじゃないかなー?!
本当に感じたことを無視し続ける…
そんなことしたらどうなるかと言うと、
何もやる気が起きず、風景や出来事が遠く感じ、心が動かなくなるんです。
もっとひどくなると感情の代わりにイライラが爆発するかもしれない。
身体は心(心臓)も含む、思考もできる器官でできている。
「手が覚えて動く」とか「身体が勝手に動く」という経験は皆さんありますよね。身体も記憶力や思考力があるのです。
頭(脳)は考えることができてプランは考えられるけど、自分に嘘もつける。でもそのプランや嘘にそって実際に行動する(歩いたり食べたり喋ったりする)のは身体です。
それで頭が上位の司令塔、身体は下位の下働きみたいに考えがちだけど…  
頭も身体も、実は同じように臓器と筋肉でできた「もの同士」なのです。
これを例えば会社に例えると、分かりやすいかも。頭は社長や幹部などの上層部の人々、身体は現場にいる人々。
上層部がうまく機能してたらいいけど、机上の空論でプランが決定してしまった場合、現場が苦労することになる。
上層部に報告すると時間がかかるから現場で処理することもある。(熱っ!て手を引っ込める脊髄反射とか)
上層部も現場も、同じ人間で構成されてて本当は対等である。上も下もない。ただ役割が違うだけ。それで大切なことは… 上層部と現場の意見交換がよくできる、風通しがいい職場が良いんですよね。
頭と身体の関係も全く同じ。上層部と現場が乖離(かいり)していくと会社としてもたいへんよろしくない。
つまり
私たちは、
身体の声を聞くこと
自分の心のうちをよく見つめることが
すっごく大事なんだ
ということなんです。それを、インドからタイにスライドした時に実感しまくりました。
多分、日本人社会に生きてる人なら多かれ少なかれ、このアタマとカラダの乖離があると思います。「顔で笑って心で泣いて」みたいなのが文化となるような日本だから。
ほかの国はそういう乖離、なくはないけど、日本ほどじゃな気がする。本当に無意識のレベルでこれ、私たち、毎日やってます。
だから時々身体に感謝して労ってあげて、寝不足になってないかな?重い荷物持たせすぎてないかな?無理してないかな?手を当てて撫でてあげてほしい。胸やお腹や痛いところに。末端の足先のケアとかもいいかも。そして心に聞いてあげてほしい。
無理してない?
何か抱えてない?
悲しみを抱えていたら「悲しいんだね」って、
不安感が大きいなら「不安なんだね」って
味わって、寄り添ってあげてほしい。泣いてもいい。そして自分の身体に感謝してあげてほしい。
「いつも頑張ってくれてありがとう」
「あなたのおかげで毎日生活できるよ」
って。
後半娘にこの話しようと思ったら時間切れで、
下の子どもたちを寝かしつけて私もうとうとしてしまい(いつも)、娘に言えなかったけど、起きたらまた伝えてあげよう。そして手でいっぱい触ってあげようと思います。
しかし、娘の不安感…二カ国も違う国に来て立ち位置掴めなくなってるのと、思春期とが重なってるから生まれたのかな。
いつか解消するんだろうか…。

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